こんにちは、まいこです。
7月になりました。
梅雨のお天気が続いています。
筆者は最近、日常的に海岸沿いを散歩しています。
在宅勤務なので運動不足解消と気分転換も兼ねています。
幼少期は海が遊び場でした。夏は泳いだり🌊飛び込んだり。それ以外の季節は釣り🎣をしたり。
愛犬🐶を連れての散歩も日課でした。
社会に出てからは日常的には海岸まで行かなくなりました。
行くとすれば友達やボーイフレンドとレジャーで。それは日常の海ではなく、何かもっと付加価値を探していたような気がします。
それに、若い頃はもっとキラキラ✨した海に憧れたものでした。
20代~30代は、ハワイ、アメリカ西海岸、イタリアやスペインの海岸沿いの街に行く機会がありました。太平洋、地中海、アドリア海、思い出はいつも美しく✨、多分5倍増しくらいで心の中でキラキラします。30代はサーフィン🏄やボディ・ボードにも挑戦しました。
40代の海は勤め先の窓から見るだけ、もしくは車窓から眺めるだけでした。もしかしたらどこかに行ったかもわかりませんが、思い出せません。
そして50代、すっかり幼少期と同じペースで地元の静かな海沿いを散歩しています。(そしてSUPに挑戦中です。)
地元の海は、すっかりおばさんになった筆者を、幼少期と同じように受け入れてくれています。
昨年は仕事ですが、七里ヶ浜と福島第一原発の海に行く機会がありました。
背景は様々ですが、どこの海もその姿は美しく心を打たれました。
自宅から海岸沿いの散歩道までは、家を出て6分~8分くらいでしょうか。
手前に信号があるので、信号の待ち時間によって少し時間が変わります。(母を連れて歩く時はさらにもう少し時間がかかります)
目の前に海岸が開ける直前、この曲のイントロをながし始める、というのが筆者の最近のお気に入りです。
海への入場曲?みたいな。(筆者の見た目がレスラーのように見えるかもしれませんがリングへの入場曲ではありませんので悪しからず。)
この曲を海で聴くとどこかスピリチュアルな気持ちになります。
と言いつつ、「スピリチュアル」の定義には幅があることに気づきます。
スピリチュアルって何でしょう?
ちなみにWikipediaの説明では以下のようになっていました。
英語のスピリチュアル(英: spiritual)は、ラテン語の spiritusに由来する用語で、霊的であること、霊魂に関するさま。英語では、宗教的・精神的な物事、教会に関する事柄、または、神の、聖霊の、霊の、魂の、精神の、超自然的な、神聖な、教会の、などを意味する宗教形態。
Wikipediaより
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AB
ふむふむ。
国語の辞書にはどう書かれているのでしょう?
スピリチュアル【spiritual】 の解説
デジタル大辞泉(小学館)よりhttps://dictionary.goo.ne.jp/word/%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AB/
[名]米国で、民衆の中から生まれた宗教的性格をもった歌。ブラックスピリチュアル(黒人霊歌)・ホワイトスピリチュアル(白人霊歌)・ゴスペルソング(福音賛美歌)など。
[形動]精神的な。霊的な。宗教的な。「—な世界」
ふむふむふむ。
名詞として使われる場合の語釈には霊歌、賛美歌ということが書かれています。
形容詞として使われる場合の語釈(精神的な。霊的な。宗教的な。)が、日本でごく一般的に馴染んでいる解釈と思われます。
日本で言われている、「スピリチュアルな世界」とは、日常的なリアルな世界だけではなく、そこに、人間の精神、宗教的な考え方、そして自然を超えた霊的な領域が介入している世界を指すのでしょうか。
この曲を聴いていると、少しスピリチュアル的な気持ちになると書きましたが、
それに加えて、「普遍的」という言葉も思い浮かびました。
波を見ながらこの曲を聴き、その歌詞の世界(ポルトガル語)を理解すると、とても「普遍的」だと思えるのです。
この曲はブラジルで生まれ、ポルトガル語で歌われていますが、筆者の住む海辺に住んでいた太古の原人も、おそらく同じようなことを思ったり歌ったりしていたのではないかなと思いを巡らせます。
前置きが長くなりました。
では訳してみます。(推測も含みます)
Vou te contar, os olhos já não podem ver
Coisas que só o coração pode entender
Fundamental é mesmo o amor
É impossível ser feliz sozinhoねぇ聞いて。目には見えないけど、心でしか感じられないことってあるんだよ。ひとつは「愛」。ひとりでは決して幸せを感じることが出来ないものなんだ。
O resto é mar, e tudo que eu não sei contar
São coisas lindas que eu tenho pra te dar
Vem de mansinho a brisa e me diz
É impossível ser feliz sozinhoほかには「海」、「数えることができないものすべて」。その美しさを君に伝えたかったんだ。やわらかい海風が、幸せはひとりでは感じることが出来ないよって教えてくれる。
Da primeira vez era a cidade
Da segunda o cais e a eternidade街から桟橋へ出るとそこには永遠(=海)があるんだ。
Agora eu já sei, da onda que se ergueu no mar
E das estrelas que esquecemos de contar
O amor se deixa surpreender
Enquanto a noite vem nos envolverVou te contar
今、海から打ち寄せる「波」を見ている。
空に広がる数えることを忘れてしまうほどの無数の星たち、そして愛に驚きを感じている。
夜が僕たちを包んでいる間にも。それを伝えたかったんだ。
和訳は筆者オリジナルです。意訳も含みます
https://genius.com/Antonio-carlos-jobim-wave-lyrics
こんな感じになりました。
e tudo que eu não sei contarという箇所を「数えられないものすべて」と訳しました。
「数えられないものすべて」というのは、気持ちの良い風、波の音、嬉しい気持ち、喉が渇いた時に飲む冷たい水、誰かの笑顔、肌のぬくもり。そんな風なことなのかな?
逆に数えられる物はお金や持ち物かな。
つまり、「愛」「海」「お金で買えない素晴らしい全てのこと」も人生ではとても大切なんだよということを歌っているのかな。
ちなみに筆者は多言語学習者ですが、ポルトガル語は学んだことがありません。
ただ、スペイン語とイタリア語はわりと一生懸命時間を割いて勉強しました。
ですから、ポルトガル語もだいたいの意味はわかります。
それはなぜかと言うと、ラテン語を親に持つロマンス諸語(イタリア語・ルーマニア語、西ロマンス語:フランス語・スペイン語・ポルトガル語など)は単語の「字面」が似ているのです。
だから文字を見ると、これはこういう意味だろうな?とわかるのです。
ただ。
字面を見て「わかる」と言い切るのは傲慢、驕り、もしくは身のほど知らずです。
実際は「スペイン語とイタリア語が読めるので、ポルトガル語の意味も少し推測できる」という程度です。
それほどに言語は奥が深く、意味は時間と共に変化します。「驕り」があると、たちまち足をすくわれるような気がします。
永遠に制覇なんてできない。筆者にとって言語とは、「海」のような存在なのでした。
だからと言って間違いを恐れてはいけないのです。
言語は使ってなんぼです。
使う機会があれば、間違いを恐れず使ってみたいと思います。
ここでこの曲の作者について少し。
アントニオ・カルロス・ブラジレイロ・ヂ・アウメイダ・ジョビン(葡: Antônio Carlos Brasileiro de Almeida Jobim [ɐ̃ˈtɔniu ˈkaʁlus ʒoˈbĩ]、1927年1月25日 – 1994年12月8日)は、ブラジルの作曲家、ミュージシャンである。トム・ジョビン(Tom Jobim [ˈtõ ʒoˈbĩ])とも呼ばれる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%93%E3%83%B3
ブラジルの音楽家の中でも、最も世界的に知られた人物。
ボサ・ノヴァの創始者として、また「イパネマの娘」や「ジザフィナード」といった名曲の作者として、その名前は「ブラジル音楽」という枠を超えて親しまれている。
1927年ブラジルのイパネマ地方に生まれたジョビンは、早くから音楽に親しみ20才の時には既にナイト・クラブでピアノを弾き金を稼ぐようになっていた。
1952年アレンジャーとして音楽業界に足を踏み入れる。そしてジョアン・ジルベルトとの運命的な出会いにより1958年、ボサ・ノヴァ第一号レコード「思いあふれて」(”Chega De Saudade” アントニオ・カルロス・ジョビン作曲、ヴィニシウス・デ・モラレス作詞、ジョアン・ジルベルト歌・ギター)の歴史的作品に到達する。
1964年ジャズ・テナー・サクソフォン奏者、スタン・ゲッツがアストラッド・ジルベルト(ヴォーカリスト、ジョアンの夫人)と組み「イパネマの娘」を空前のヒットにさせるに至り、新しい魅力的な音楽「ボサ・ノヴァ」、そしてその創始者としてのジョビンはアメリカを初めとして世界に知られるところとなった。
1965年米国のワーナー・ブラザーズ・レコードに迎えられ以後何枚もの素晴らしい作品を同レコードに残した。1994年12月8日、ニュー・ヨークにて死去、享年67才。
https://wmg.jp/antonio-carlos-jobim/profile/
Tom Jobim(トム・ジョビン)というのは彼の別名ということです。
(「北野武」が「ビートたけし」と同人物だと聞いて驚いていたミラノで出会った映画オタクのことを思い出しました。)
筆者はボサノバを愛していますので、ボサノバの歴史や名のある人のことをちゃんと勉強したい気持ちはあるのですが、人名などは覚えたそばから忘れてしまいます。
または違う人と混同してしまったり。
でも歌のフレーズは忘れませんし、リズムは体が覚えています。
そしてギターのコードは指が覚えています👉🎸(ごめんなさい。嘘をつきました。まだ弾けません(-_-;)練習中です)
そんなこんなで失礼いたします。
最後までお読みいただきありがとうございました!
こんにちは、まいこです。 筆者…